朝から曇り空



朝から曇り空

横目で部屋の方を見たが、暗くて中の恵介の様子は窺い知れない。

 

侑香を抱くことができなかったことで、自分を責めているかも知れなかった。

 

しかし、侑香にとって、そんなことは大したことではなかった。

 

営みに関して、侑香が心配していたのは、むしろ、恵介が異常な性癖の持ち主ではないかということだった。

 

もっとも、九分九厘、そうではないと思えたから、婚前旅行に連れ出したのだが。

 

(そんなことより、そばに来て、一緒にこの時間を過ごしてくれたらな……)

 

心の中でそうつぶやいたとき、恵介がバルコニーに姿を現した。

 

(あら、やっと来てくれたのね)

 

にっこり微笑みかける侑香に、恵介は、不安そうな顔を見せた。

 

奥からは、侑香の電話のメロディー音が聞こえてくる。

 

「ごめん、のぞいて見たら、先生から、だったんで……」

 

「……パパ?」

 

驚いて、侑香は湯の中で躯をひねった。

 

「もしもし、もしもし……」

 

しかし、すぐに応答がない。

 

一秒、二秒、沈黙があった後、

 

「ゆ、侑香か」

 

と父の声がした。

 

地の底から響いてくるようなその声の調子に、侑香はゴクリと生唾を呑み込む。

 

「パパ、パパ、どうしたの?」

 

自分の声も裏返っているのが、わかった。

 

「母さんが、死んだ」

 

「え、それ、どういうこと、死んだって……ホント?」

 

動転する娘の問いかけに、遠見教授の返事はなかった。

 

どう答えていいものか、逡巡している父の息づかいだけが聞こえてくる。

 

その様子に、侑香は、今は自分がしっかりしなきゃ、と瞬時に気を取り戻した。

 

「今すぐ、帰る」

 

それだけ言って電話を切ると、侑香は急いで身支度を始める。

 

つられるように、恵介もバタバタと荷物をまとめだした。

 

「今日子さん。

 

ねえ、今日子さん」

 

何度か名前を呼ばれて、やっと今日子は我に返った。

 

朝から曇り空で、外の空気はややひんやりしているのだろう。

 

でもアトリエの中はちょうどよい温度で、今日子は仲間の会話の輪から離れて、うとうとしていたらしい。

 

あくびを抑える振りをして、口の端から垂れ落ちそうになった唾液を拭き取った。